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東京地方裁判所 昭和39年(タ)210号 判決 1967年11月29日

原告 山川健

右訴訟代理人弁護士 山花貞夫

被告 禁治産者山川康子後見監督人 佐藤英夫

右訴訟代理人弁護士 渡辺良夫

同 四位直毅

主文

1、原告と山川康子(本籍は原告肩書本籍に同じ。)とを離婚する。

2、訴訟費用は被告の負担とする。

事実

≪省略≫

理由

≪証拠省略≫を総合すれば、原告(昭和一一年一二月一八日生。)と山川康子(旧姓佐藤。昭和七年一〇月一五日生。)とは昭和三〇年ごろから知り合い、同年秋ごろからは懇な関係となり、その後、後記のごとく同棲生活、別居等をくりかえし、昭和三三年八月一八日付婚姻届により康子は原告肩書本籍の筆頭者原告の戸籍(同日右戸籍編製)に入籍されたこと、昭和三四年五月二五日康子につき禁治産宣告の裁判確定し、同月二七日康子の兄である被告が後見監督人に就職したことを認めることができる。

そこで、まず、民法第七七〇条第一項第四号の離婚原因による原告の離婚請求につき判断するのに、≪証拠省略≫を総合すれば、山川康子は、精神分裂病に罹患し、昭和三三年一一月一二日から昭和三四年七月一八日まで(第一回入院期間)、次に昭和三五年一月一七日から昭和三七年五月二六日まで(第二回入院期間)、さらに昭和三八年五月一五日から昭和四一年九月七日まで(第三回入院期間)、いずれも東京都南多摩郡多摩町連光寺二五四〇番地桜ヶ丘保養院に入院し、その間、電撃療法あるいは薬物療法、その他専門的生活指導のほか、退院後も精神医学的管理のもとになされる社会復帰のためのナイトホスピタルの施行等もうけ、最近は、右治療等により軽快しかなりの安定状態にあること、今後なお当分の間は精神医学的管理のもとに置かなければ既往からみて再発の危険がないとはいえないが、精神分裂病の欠陥状態にある者相応の能力に応じ要素的な意味での家庭生活を営むことは不可能ではないことが認められる。右認定を動かすに足りる証拠はない。民法第七七〇条第一項第四号は配偶者が強度の精神病にかかり回復の見込がないばあいを離婚原因と定めているが、本件では、回復の見込なきものとは認めることができないから、右を離婚原因とする請求は理由がない。

次に民法第七七〇条第一項第五号を離婚原因とする離婚請求につき判断する。右認定事実に、≪証拠省略≫を総合すると、前記昭和三〇年当時、原告は、学生であり、康子は東京都内のクラブのホステスをしてたが懇な間柄となり、同年一一月ごろには原告の両親のいる東京都世田谷区○○町の自宅で原告と康子とが暮らし、約二、三ヵ月で原告と康子との二人は○○町に移って同棲をしたこと、同所での同棲生活も、まもなく、うまく行かず、原告は前記親もとに帰ったが、再び康子と○○町にアパートを借りて同棲生活をし、当時康子はクラブに勤務して生計を維持したが、経済事情等から渋谷区○○町の康子の姉のもとに移り、そこに同居して暮らすようになったこと、康子が妊娠し、出産予定期(昭和三二年二月)も迫り、当時の家計は一層苦しくなってきたこと、原告は康子との話合により経費の都合もあるので国立第二病院に康子が入院して分娩する手続をととのえておいたところ、康子の健康等の止むをえざる事情のため原告の留守に予定を変更して私立病院に入院したため、原告と康子との間でそのことにつき口論もなされたこと、昭和三二年二月一七日康子は女児を分娩したこと、原告の両親や被告も、当初から原告と康子との結婚問題については賛成できない気持であったが、被告も康子らの将来を憂慮し、同月一五日ごろ、原告の父と話合い、原告の父から被告に対し、両名の結婚については、原告が父親の相当と認める定職につき、今後三年間親その他からの援助をうけず自立生活をなし、両名の愛情にかわりがないときには、親としてその結婚を認める趣旨の覚書の交付等もなされたこと、原告は、康子との意思感情の齟齬を生じることも多くなり、同月下旬ごろ、原告は両親と話合ったうえあとの事は両親にまかせ、康子と離れ母の郷里である仙台へ行って勉強してくることとなり、仙台へ行き生活費は父親から送金をうけていたこと、その間康子は○○町に帰り、また、原告の父と被告らは子供の処置と原告と康子との問題につき話合い、将来のことは本人同志の決めることではあるが、一応白紙に戻すことがよいとし、同年五月二五日には、内縁関係解消承諾書と題して原告と康子との合意により内縁関係を解消することに承諾する等の趣旨を記載した書面を作成して取りかわす等のこともなされたこと、やがて原告は仙台から帰京したが、昭和三三年五月ごろ、原告は○○町に赴いて康子に会い、同棲生活をすることを切望した結果、原告と康子とは、上京して同棲生活をすることとなり、当初は渋谷区○○町の康子の姉のもとで一時生活し、友人方での短期間の生活を経た後、同年七月九日から東京都大田区○○町に二階四畳半一室を賃料月三、八〇〇円の約で間借し、同所で一、二ヵ月間同棲生活を営んだが、原告と康子との感情の齟齬や康子と家主との紛議、康子の妄想的言動等のため、結局原告は康子のもとを離れて親もとに戻ったこと、他方康子は、同年一〇月ごろ精神に異常をきたし、無賃乗車のかどで駅から連絡をうけて、○○町に連れもどされ、同年一一月一二日精神衛生相談所の診察をうけた結果、精神分裂病に罹患していることが判明し、前記保養院に入院するようになったこと、入院期間も前記第一回入院のときは約八ヵ月、第二回入院のときは約二年四ヵ月、第三回入院のときは約三年三ヵ月の各入院期間を経ていること、原被告が交渉をもたなくなってから、すでに約九年余の歳月が経過し、原告は、被告との婚姻継続意思を全く喪失していること、病状は、かなり軽快し安定状態にはあるが、なお当分の間精神医学的管理のもとにおかなければ再発のおそれがないとまでは言いえない状況であって、精神分裂病の欠陥状態にある者に対する万全の配慮をつくした理想的環境を想定すれば家庭生活を営むことは可能であるとしても、現実問題とすれば配偶者の意思、感情、過去の経験等にてらし、もはや原告と康子とが婚姻生活を円満に継続しうる見込はないものというほかはない事態にあることが認められるから、結局婚姻を継続しがたい重大な事由のあるばあいに該当するものというべきである。原被告本人尋問の結果中、上記認定に反する部分は、前掲証拠と対照し容易に措信できない。なお、婚姻の破綻については、もとより原告に帰属せしめられるべき要素のあることは前記認定事実からしても否定することができないが、原被告いずれの努力をもってしても容易に克服しえない諸要素が強く支配した情況が認められる本件では、いわゆる有責配偶者の離婚請求として棄却すべき事案とは認めることができない。また、被告が引用する最高裁判所判決は回復しがたい強度の精神病を離婚原因とするばあいのものであるが、精神病配偶者の今後の療養、生活等につき、できるかぎりの具体的方途を講じることは望ましいものであるところ、なお、精神病に罹患した配偶者のため他方配偶者をして生涯その看護等に力の限りつくして当らしめ婚姻関係を共にさせるまでのことも醇風美俗の見地からは理想であるに違いないとしても、かかる婚姻関係の維持を法律上現実生活にそのまま強制すべきか否かには問題があって、現行民法では回復しがたい強度の精神病を裁判上の離婚原因とする立場を採用したのであり、現実に争いのある離婚訴訟事件、ことに地方裁判所の訴訟手続の過程において、前記具体的方途を講じ、その方途につき具体的見込を立てしめるまでのことが、実際問題としてどこまで可能であるかについては、関係者が婚姻費用分担請求や財産分与請求その他現行法上定められた手続をとる等の処置に出るときは格別、そうでもないかぎり極めて困難な事柄であり(本件でも原告本人は、本人尋問に際し、配偶者のためできる限りの経済的配慮をする意思はある旨の陳述はしている。)、また、この種紛争の際に、対立当事者である相手方の善意等にのみ期待し任意の行為をまつことによっては容易にその実効は期しがたく、むしろ、各種専門的機関の手続において、精神病に罹患した者の現実生活の苦難の実情を訴えて具体的解決をはかることが適当であると考えられ、かりに離婚判決がなされた後でも過去の諸費用、財産分与等についての請求も事案によりこれをなしうることをも考えると、精神病に罹患した配偶者との離婚訴訟において前記具体的方途を講じて前途の見込がついた上でなければ離婚は許さないとまで解することには疑問があり、前記判決を検討してもその規範的意義としてかかる趣旨までを含むものとは解することができないのであって、本件で精神病に罹患した相手方配偶者側との経済的問題の処理等は、さらに別途解決にゆだねるべきものとし、原告の本件離婚請求を認容すべきこととする。

よって、民事訴訟法第八九条を適用したうえ、主文のとおり判決する。

(裁判官 青山達)

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